203.5 x 40 センチ (全体) 122.5 x 27.5 センチ (本紙)
軸先:骨
※全体サイズは表具の端から端のサイズです。軸先部分は含みません。
※商品・軸先の状態につきまして下記【重要なおしらせ】項目をご一読お願いいたします。 紙本(印刷ではなく、描かれている作品です。) 極箱(田能村小竹)
【田能村竹田】1777-1835 江戸時代後期の画家。安永6年6月10日生まれ。豊後(大分県)岡藩医の次男。藩校由学館の頭取となる。藩内の農民一揆の際,藩政改革の建言がいれられず隠退。絵を谷文晁らにまなび,繊細な筆致の独自の画風を確立。幕末文人画壇の代表的な作家。頼山陽らと親交をもち,詩や書にもすぐれた。天保6年8月29日死去。59歳。名は孝憲。字は君彝。通称は行蔵。作品に「亦復一楽帖」,画論に「山中人饒舌」。江戸時代後期の画家。安永6年6月10日生まれ。豊後(大分県)岡藩医の次男。藩校由学館の頭取となる。藩内の農民一揆の際,藩政改革の建言がいれられず隠退。絵を谷文晁らにまなび,繊細な筆致の独自の画風を確立。幕末文人画壇の代表的な作家。頼山陽らと親交をもち,詩や書にもすぐれた。天保6年8月29日死去。59歳。名は孝憲。字は君彝。通称は行蔵。作品に「亦復一楽帖」,画論に「山中人饒舌」。
【田能村小竹】1880-1945 日本画家。大分県生。竹田の曽孫。名は孝知、通称は力、別号は春香・龍孫。京都で田能村直入・川村雨谷に学び、のち東京にて独学し東美校日本画科に入学した。山水・人物画に長じた。得意の語学を生かした『仏語捷径』の箸もある。昭和20年(1945)歿、66才。
※付属品につきまして 商品は画像に写っている物が全てになります。 木箱、タトウ箱などの有無につきましても画像をご覧いただき御判断お願いいたします。
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