日本語歌詞対訳付き
廃盤
ブルーノ・ヴァイルの『さまよえるオランダ人』全曲!
1841年初稿版/ピリオド楽器(古楽器)使用による
世界初録音!
ワーグナー:
歌劇『さまよえるオランダ人』全曲
ステンスフォルト
ヨーゼフ・ゼーリヒアストリート・ウェーバー(ゼンタ[ドナルドの娘])
イェルク・デュルミュラー(ジョージ[猟師])
ジモーネ・シュレーダー(メアリー[ゼンタの乳母])
コビー・フォン・レンスブルク(テノール=ドナルドの船の舵手)
指揮:ブルーノ・ヴァイル
カペラ・コロニエンシス、ほか
『さまよえるオランダ人』は、1840年から1841年にかけてパリで作曲され、1843年にドレスデンで初演されましたが、その後も上演の機会があるたびに改訂の筆が加えられることとなります。実際、ワーグナーはこの作品の根本的な改訂の構想を持っていたということですが、残念ながらそれに着手する以前に亡くなっています。
今日、『オランダ人』は、1896年に指揮者ワインガルトナーによって準備された出版譜に基づいて上演されることがほとんど。これはワーグナーがいろいろな上演の機会に、さまざまな劇場側の制約などに応じておこなった改訂を採り入れたものですが、なにしろワーグナーが亡くなって13年後の出版ということで、当然ながら作曲者自身は知らないというものでした。
特に、『トリスタン』以降の後期様式によって書き加えられた改訂箇所は、『オランダ人』の初期様式とは根本的に異なるため、様式感の混交が問題とされ、1960年代からはそうした改訂の跡を部分的にオリジナルに戻す形(1幕形式にしたり、序曲や幕切れのオーケストレーションを元に戻す、あるいはゼンタのバラードを原調に戻す、など)での上演が行われるようになってきました(録音では、例えば、1961年や1985年のバイロイト音楽祭でのライヴ盤[PHILIPS]や2001年録音のバレンボイム盤[TELDEC]など)。
今回の録音で使用されたのは、1841年にワーグナーが完成させた初稿譜(自筆譜のみ。未出版)であり、これまでにおこなわれてきた部分的なオリジナル復古主義や推定主義とは一線を画しています。
ワーグナーは作品完成から2年後の初演までに、上演の現実的な制約や歌手の音域の制限などを考慮して、かなり抜本的な改訂を施しています。つまりワーグナーが最初の構想した形での上演はこれまで一度も行われたことがなかったということになり、この録音が事実上の世界初録音になるというわけです。
このヴァージョンでは、たとえば代表的なアリアである「ゼンタのバラード」は、ト短調からイ短調に移されて一音高く歌われるほか、3幕に明確に分かれていた各幕が、間奏により切れ目無く続けられた一幕形式となっているだけでなく、作品の舞台設定が、ノルウェーからスコットランドとなり、登場人物の名前も、ダーラント→ドナルド、エリック→ジョージ、マリー→メアリーと変わっているのです。その他、細部のオーケストレーションについても、後に加えられた改訂のあとがすべて洗い流されています。
今回の録音で注目されるのは、ヴァージョン問題だけではありません。ピリオド楽器によるワーグナーのオペラ全曲録音もこれが世界初となるのです(序曲集にはノリントン盤がありました)。
オーケストラとして起用されたのはケルン放送によって創設された“カペラ・コロニエンシス”。ピリオド楽器オーケストラの草分け的存在である彼らは、これまでにもウェーバーの『魔弾の射手』、『アブ・ハッサン』、J.C.バッハの『エンデュミオン』、ベートーヴェンの『合唱幻想曲』などで説得力のある演奏をおこなってきました。
今回、彼ら(とブルーノ・ヴァイル)は、ワーグナーがこのオペラを作曲した当時のオーケストラの編成を再現するだけでなく、当時の楽器(もしくはそのコピー)を用いて、作曲された当時の響きを再現。また、コンサートマスターは、ピリオド・ヴァイオリンの名手であるヒロ・クロサキが受け持ち、その他、弦楽器・管楽器も、ケルンを本拠地として活躍するピリオド楽器の名手たちで編成されているのも見逃せません。
チューバの代わりに、木管と金管を混ぜたような音を出すオフィクレイド、ナチュラル・ホルンやナチュラル・トランペット(ワーグナーによってヴァルヴ式楽器との使い分けが綿密に指示されています)を使用し、現在よりも小編成の弦楽奏者をそろえることによって、バランス面でもオーケストラの響きが歌手の歌や表現を覆い尽くしてしまうことがなくなっています。
指揮のブルーノ・ヴァイルは、ピリオド演奏ムーヴメントの牽引者として知られるオーストリアの指揮者で、これまでにもハイドンの交響曲や『天地創造』、モーツァルトやシューベルトのミサ曲の録音などで、古楽唱法・奏法の最良・最新の成果を反映させた演奏で大きな感動を与えてきました。
彼は、歌手にも比較的軽めの声の持ち主を起用することで、重厚長大な演奏習慣に彩られていたこの名作ロマン派オペラから、作品本来の清新なロマンティシズムを香り立たせて新鮮な感動を生み出すことに成功しています。いわば、楽劇作曲家ワーグナーの出発点、というよりも、ウェーバーやマイヤベーアの伝統の継承者としてのワーグナーの革新的作品である『オランダ人』、という点がクローズアップされたアプローチとでもいうべき演奏に仕上がっているのです。
“後期ロマン派風な”響きから脱した『オランダ人』は驚愕の連続。実に斬新な音楽だったということがよくわかる録音の登場といえるでしょう。