1926-2003 朝鮮に生まれる、1943年 日本へ上京し、東京美術学校(現:東京藝術大学)にて安井曽太郎に師事、後に、学徒動員で日本帝国海軍に召集されたため中退、太平洋戦争敗戦後に、帰国をした佐藤照雄は、東京(上野)で浮浪者たちを描写した、後の自身の代表作となる「地下道の眠り」地下道シリーズの作成を始める、絵に描かれた人々をとおして、日本の敗戦により同胞達に等しく訪れた悲劇に、深い共感を覚えていく、学徒動員として志し半ばで学業を諦めることになり、戦地に駆り出される事となってしまった自身の運命と重ね、絵に描写することによって通わせていたのかも知れない、同時期に生計を立てるため、東京銀座等で似顔絵書きをしながら、この地下道シリーズといわれる上野での浮浪者のスケッチを1950年代まで続けた、のちに出版社のスカウトを受けて、イラストレーターとして活躍しつつ、兼業で同時に画家としても作品制作をこなしていく、1960年 新制作展に出展、間に「地下道の眠りシリーズ」「泉シリーズ」「荒野シリーズ」各個展、1971年 安井賞展にて入選、1975年 海を書く現代絵画コンクール展にて入選、1994年 自宅アトリエに佐藤教室を開設、人物画を描くことは、佐藤照雄の画業において、その約7割を占める重要なジャンルであり、初期の「地下道シリーズ」のデッサンから、始まり、晩年に至るまで洗練しつづけたものと言える
<主な代表作>
地下道の眠りシリーズ
泉シリーズ
荒野シリーズ
マハシリーズ
海シリーズ
街シリーズ
自身の哲学-現代リアリズム-を、生涯追求した写実画で、人気を呈した佐藤照雄ですが、人物画だけでなく、風景画など様々なジャンルの作品が多岐に残されています、その中でも裸婦画は特に人気があるようです