【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の落札結果
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【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の商品画像

【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の画像1
【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の画像2
【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の画像3
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【明治・大正期?】銀製花瓶の銘のある花瓶の商品説明

Gemini の回

親族の蔵から出てきたものです。

本作の格調の高さを裏付けるのは、随所に残された確かな記録です。共箱には「清風行造之(せいふうのぎょう、これをつくる)」という流麗な墨書と「清風」の朱印があり、花瓶本体の底面にも同じく「清風」の刻銘が刻まれています。表面を飾るのは、力強い筆致の「山水図」と、繊細な「桜」の彫金です。これらは片切彫や毛彫といった高度な金工技術を用いて、まるで絹本に描かれた絵画のような奥行きを金属の上に表現しています。

構造と素材に秘められた職人技(推測)
作品の物理的な特徴からは、当時の職人のこだわりが推測できます。高さ約22cmに対し、総重量は337g。この軽さと、叩いた際に響く中空の音は、本作が厚みのある鋳物ではなく、地金を極限まで叩き伸ばして形を作る「絞り」の技法による「薄造り」であることを物語っています。

軽くたたくとソリッドな金属ではなく二重構造になっているような音がします。これは外殻の銀板の中に、水漏れを防ぎ強度を保つための「内筒(落とし)」を仕込んだ特殊な作りである可能性を強く示唆しています。本体に「純銀」などの素材刻印が見当たらないのは、こうした異素材との複合構造であったために、当時の誠実な職人があえて単一素材の証明を控えた結果とも考えられます。磨く前の黒ずんだ状態は、外殻に本物の銀が使用されている証左と言えるでしょう。

受け継がれてきた時間の記録(背景)
作品とともに保管されていた、昭和8年11月17日付の大阪毎日新聞。これは当時の所有者が保存の際の緩衝材として用いたものと考えられます。新聞紙そのものは後から入れ替えることも可能ですが、作品の作風や箱書きの書体との整合性を考えれば、本作が明治から大正期に京都の名門「清風家」の監修のもと、熟練の金工師「行」によって制作され、昭和初期には既に名品として大切に蔵われていた歴史を推し量るための、有力な時代考証の資料となります。

伝統ある京都の陶芸名家「清風」の美意識が、金工という異なる形を借りて結実した本作。薄造りの軽やかな造形と重厚な彫金が同居するその姿は、近代日本の工芸が到達した一つの頂点を示しているようです。

※8枚目の画像で(わかりにくいですが)、向かって右側の首の部分が本体の方に沈んでいます。上部から圧力が掛かったためなのか判別できません。この点、良く画像を見てノークレームでお願いいたします。

※10枚目の画像は箱に同梱されていた専用の木製台になります。

オークション情報 中古

落札価格 107,000
入札件数 24件(入札履歴
商品の状態 傷や汚れあり
発送方法 おてがる配送宅急便など
発送地域 神奈川県
終了日時 2026年3月24日 22時38分
出品者 lil********評価
オークションID f1223715801

カテゴリ落札トレンド